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想定って

友人cosine(化学者、大学同期)の指摘にすごく同意したので。

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今回の大地震、未曽有の大災害だというのは疑う余地がないです。でも、原発の事故さえなければ、もう東北は復興に向けて動き出し始める時期だったはずですよね。福島、茨城あたりは現在進行形で大災害が起きていると言っていいと思います。

じゃあその原発事故は防げなかったのか、ということなんですが、電力会社や政府は「想定外の津波」ということで、少なくともその発端においては天災によるやむを得ないもの、としているようです。

一方で、東京大学地震研究所の先生は、西暦869年にもM8を超える大地震(貞観地震)が起きて、東北地方太平洋岸が巨大な津波に襲われたことがあると発表していたり、神戸大学都市安全研究センターの先生は、「原発震災」と名付けて、原発では地震の際に今回のような大惨事が起こりうることを発表していたりする。

ということは、地震も津波も原発事故も想定の範囲内だったんじゃないか、ということになって、対策を怠った東電や政府が叩かれるわけです。ここでcosineは「今後起こりうるありとあらゆる天災人災に関しても、これまでに警鐘を鳴らしたことある人は、歴史的には誰か一人ぐらいはいるんじゃないのかなぁ」と指摘しました。

「想定」の辞書的な意味ですが「状況・条件などを仮にきめること」だそうです。「想像」とは違うんですね。億を超える数いる人間の想像力をもってすれば、ありとあらゆる事態は誰かしら想像しているものだ、というのはすごく頷ける話です。

災害対策上の問題は、「どこまでを想定して対策を講じるか」だと思います。想定したら対策する必要があるので、東電や政府が「想定を超える」と言っているのは、「想像はできたけど対策できないので想定しなかった」という意味だと信じたいところです。

こういう「想定の範囲」ってどこに線を引くか判断するのすごく難しいなぁ、と思います。なんか確立された統計学的な手法とかあるんでしょうかね。

たとえば、地震研の先生の指摘は、東北地方が1000年に1回くらいの頻度で大地震・津波に見舞われている可能性がある、ということですが、これが科学的に完全に正しかったとして、対策を講じるべきなんでしょうか。もちろん、実際にこの災害が起きた今では、対策を講じるべきだったという意見が多数だと思います。

素人考えでも、たとえば防波堤をめちゃくちゃ高くするとか、対策は色々あると思うんですが、その防波堤の耐用年数が50年だったら、1000年間に20回作り直す必要があるんです。そのコストは当然電気料金とか税金に跳ね返るんですが、災害が起きる前に果たしてどこまでが利用者に許容されるんでしょうか。

もっと極端に、新しい天災地変が発見されて、1億年に1回ぐらいの頻度で起きることが科学的に完全に証明されたとしたら、それは対策すべきなんでしょうか?対策費が100兆円とかだったり、電気代が月当たり2倍になるとかだったらどうなんでしょうか。

災害が起きたあとに「想定できたはずだ」というのはとても簡単なことですが、「想像できなかった」のか「想像できたけど想定しなかった」のか「想像も想定もしたけど対策しなかった」のか、を見極める必要があると思います。

by genta_ito | 2011-03-30 00:00 | 日記

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