人気ブログランキング | 話題のタグを見る

車をもらいました

車を入手したのでその経緯を書いておきます。

以前から車が必要だとは思っていました。というのは、子供が3人になり、幼稚園や習い事の送り迎えのときに、妻が長女と次女をチャイルドシートに乗せ、三女を抱っこひもに入れて自転車に乗らざるを得ないことがあり、さらに雨が降った日には途方に暮れるような状態で、せめて三女が小学校に上がるまでは車がほしいと思っていました。

そんなタイミングで、職場の方から「車を手放そうと思うんだけど、いりませんか?」と声をかけていただきました。その方はお子さんが高校に進学するタイミングで、ご自身も日常的には使わなくなってきたので、維持費を節約するために手放したいとのことでした。やはり時々の遠出や急の外出に使うぐらいならレンタカーやタクシーを使ったほうが安く済むようです。というわけで、15年ほど経った車ですが、なんと無料で譲っていただけることになりました。

妻は帰国後ほとんど運転していなかったので、念のため一度試乗させていただきました。輸入車なのでウインカーレバーがハンドルの左についているのですが、私たちがスコットランドで乗っていた車(日産車)もそうだったので、むしろそちらのほうが慣れていてよかったです。15年経っているとは思えないぐらい傷もなく内装も外装もきれいなままでした。

---
さて、このような場合は、自動車の名義変更が必要となります。正式には移転登録というそうです。譲っていただくので当然すべての手続きは私が行いました。代行業者もあるそうですが、ネットを見ても「それほど難しくない」と書かれているところが多いので、やってみることにしました。手順は、
1. 受渡日を決める
2. 駐車場を契約する
3. 自動車保管場所証明書の取得
4. 任意保険の加入
5. 車を受け取る
6. 移転登録
7. 自賠責保険の名義変更
です。譲る人(今回の場合、職場の方)を譲渡人、譲ってもらう人を譲受人(今回の場合は私)と言いますが、移転登録にはいずれにも書類の準備が必要です。受渡日を決めたら、先方には氏名、住所、実印だけ記入してもらえば済むように書類の様式などを準備をしました。
[譲渡人]
・譲渡証明書(車名、型式、車台番号、原動機の型式、氏名、住所、実印)
・委任状(車台番号、氏名、住所、実印)
・印鑑証明書(発行後三ヶ月以内)
・車検証
[譲受人]
・申請書(自動車検査登録事務所で記入)
・手数料納付書(自動車検査登録事務所で手数料納付してもらう)
・譲渡人からもらった譲渡証明書に氏名、住所を記入
・印鑑証明書(発行後三ヶ月以内)
・自動車保管場所証明書
私が用意する書類のうち、面倒なのは最後の自動車保管場所証明書(俗に言う車庫証明)です。駐車場を契約したら、所轄の警察署で保管場所証明書を発行してもらう必要があります。これには、
自動車保管場所証明申請書
保管場所標章交付申請書
保管場所の所在図・配置図
保管場所使用承諾証明書
使用の本拠の位置が確認できるもの(運転免許証でOK)
が必要です。所在図や使用承諾証明書はマンションの管理人さんにお願いすればすぐに発行してもらえました。申請書は警察署で一式もらえました。朝の警察署でしばらく書類を記入していると、ちょうど異動の時期だったのかそれぞれの窓口でお巡りさんが挨拶してて面白かったです。書類を提出したら申請手数料を支払うように言われ、会計窓口へ。支払いの領収書を元の窓口に提出して完了。2~3日かかるようでした。

この手続きをすると、この車台番号の自動車の保管場所はここです、という証明書と自動車に貼り付ける標章を交付してくれます。受け取るときに標章交付手数料というのがかかります。この車庫証明というのが有効期限1ヶ月となっているので、移転登録に行く日の1ヶ月前以前には取得しても意味ないので、タイミングがなかなか難しかったです。

書類は順調に揃ったので、任意保険の契約をしました。これは車を受け取る当日の朝から有効になるようにしておく必要があったので、数日後に移転登録でナンバーが変わっても問題ないことを確認しました。私も妻も日本で自動車保険に加入したことがなかったので、等級も最初からというわけで、意外と高かったです。無事故でいければこれがだんだん安くなるはず。

---
譲っていただいた当日は休日で、ご自宅までうかがって、車を引き取りました。久しぶりの運転で慣れない車だったので、高速は使わずに下道で帰りました。

数日後に仕事を休んで管轄の自動車検査登録事務所に運転していき、移転登録をしました。コロナが流行り始めていましたが事務所にはそれなりの人がいました。ほとんどがつなぎや制服を着た整備工場やディーラーの関係者のようでした。ごく一部明らかに反社の人がいて、窓口でなにやら担当者をどなりつけていました。整理券をもらって、移転登録の申請書に記入して窓口に提出すると、手数料を支払ってくるように言われました。ここで自動車税の名義も自動的に変えてくれるようでした。支払い窓口は別の建物にあり、そこで手数料を支払って戻ると、新しい車検証が出来上がっていました。

車検証を持ってナンバープレートの受け渡し窓口に行くと、まず古いナンバープレートを外してくるように言われました。建物の外壁にドライバーがたくさん吊るされていて、これでナンバープレートを外します。リアのプレートには片方のビスに封印がしてあるので、これはドライバーで破壊して取り外す必要があります。外したプレートを窓口に持っていくと、新しいプレートをもらえました。

これをまた車に取り付けていると検査員の人が近づいてきて、ボンネットを開けてください、と言われました。これはエンジンルーム内に刻印されている車台番号を確認するためですが、どうやって開けるかわからずあたふたしていると検査員のおじさんがレバーを見つけて開けてくれました。OKが出れば、リアのプレートのビスを封印してくれます。これで移転登録は完了です。

---
そのままの流れでETC車載器の再セットアップもしました。ETC車載器には車のナンバーが登録されているため、移転登録だけでも再セットアップが必要です。これは最寄りのオートバックスにアポ無しで行ってお願いするだけで30分ぐらいで済みました。

さらに、そのまま自賠責保険の名義変更にも行きました。自賠責保険は損保ジャパンだったので、最寄りの支社(営業所ではできないらしい)に行き、新しい車検証を提示して変更してもらいました。これも30分ぐらいで済みました。

---
以上ですべての事務手続きが完了しました。なかなか面倒でしたが、自動車にまつわる色々な制度を理解することができたし、管轄の運輸支局も見ることができたので良かったです。古めの輸入車ということで整備コストが嵩んでいくだろうとは思いますが、やはり車があると雨の日やちょっとした旅行など便利だなーと思うことも多いので、頑張って維持していこうと思います。ちなみに早速右の前をこすりましたorz

# by genta_ito | 2020-03-24 00:00 | 日記

引っ越し手続き

7/23(土)に、帰国後仮に住んでいた横浜の実家から、東京の新居に引っ越しました。新居の契約の都合もあって横浜に一度住民登録をしてあったので、引っ越し当日はまず転出の手続きから。

転出証明書をもらうのは簡単にできましたが、国保をやめる手続きと、同時に小児医療証の返却と、児童手当の手続きがありました。児童手当については、新しい職場からの保険証を提出できていなかったので保留となっていて、手続きは特に必要ありませんでした。そういえば、小児医療証は必要ないかと思っていましたが、短期間でも意外と活躍してくれました。

7/14の朝には、前日風呂に入らずに寝てしまった娘をシャワーを浴びさせようとしていました。妻がぐずぐずしている娘の腕を引っ張って起こそうとしたときに、手首をおさえて娘が泣き出しました。

単にぐずっているにしては泣き止まないし、腕を動かそうとすると痛がって泣くので、これは何かおかしい、もしかしたら手首が脱臼したかも?ということで、急いでタクシーを呼んで、駅前の小児科に行きました。脱臼したかも、といったところ、それなら2階の整形外科に行ってくださいと言われ、たまたま上の階にあった整形外科へ。

整形外科ではすぐに診てもらえて、お医者さんは見た瞬間に、娘に「こうすると痛い?これも痛い?」と聞き、何やらぐいっと肘をねじって直してくれました。そのあと、「これは手首じゃないんですよ。肘内障と言って、肘の亜脱臼なんです。子どもによくあるんですけど、これは100%親が悪いんです。気をつけてくださいね」と怒られました…。絵を描いて説明してくれ、不用意に腕を引っ張ると前腕の橈骨が肘の靭帯から抜けてしまうから、気をつけるように注意されました。今後は気をつけようと思います。

あとは、長女は乾燥肌で、以前から日本の皮膚科でもらった保湿剤などを使っていたのですが、夏場の汗で頭や身体がかゆくなるようだったので、皮膚科にも連れていきました。国保は加入期間が2週間と短かったので、保険料は必要ない、とのことでした。働き始めた日から職場の組合の保険に入っているはずですが、1か月経ってようやく保険証をもらいました。

保険証のコピーを区役所の担当課宛に送ったところ、すぐに乳幼児医療証が送られてきました!児童手当についても後日認定通知が送られてきました。

# by genta_ito | 2016-08-15 00:00 | 日記

本帰国

スコットランドのダンディーで2年11ヶ月を過ごし、7月8日に無事帰国しました。

6/30(木)
退職しました。前日にラボで送別会を開いてくれ、この日は最後の実験をしました。「最終日にする実験はうまくいくものだ」とボスに言われましたが、その通りうまくいって、次のプロジェクトの道筋をつけて去ることができて良かったです。

7/1(金)
怒涛の荷造り開始。ダンディーに来たときには6ヶ月の娘がいるだけだったので、荷造りも問題なく進めることができましたが、3年たって、3歳半と3ヶ月の娘たちがいると、日中はどちらか片方しか作業ができないので、あんまり進んでいる気がしなくて焦りました。娘のおもちゃも最後は容赦なく梱包しました。

7/4(月)
家に住みながらだと片づけが終わらないので、この日から近くにあるGrampian HotelというB&Bに泊まりました。4ベッドのファミリールームはとても広く、スーツケースを3個広げても大丈夫でした。オーナーも感じが良いおばさんで、なかなか良いB&Bでした。B&BはBed & Breakfastという名前の通り、朝食しか出ないので、夕飯は娘のお気に入りのホテルに入っているTable Tableというレストランに行きました。

7/5(火)
この日は船便を搬出しました。欧州ヤマトから日本人の作業員が2人来てくださり、あっと言う間に搬出完了。娘はクロネコヤマトの配送トラックのミニカーをもらってご機嫌でした。あとは、ダンディーの日本人の方々に、家具やら電化製品やらを取りにきてもらったり届けたりしました。フラットの掃除もだいたい終わらせました。

イギリスの郵便局からはSAL便が遅れないことが、郵便局に行ってから判明したので、それなら航空便もヤマトに頼めば、重い荷物を郵便局まで運ぶ必要もなく、もしかしたらもっと安かったのかなーと今は思います…。

この日の夕飯はマクドナルド!

7/6(水)
フラットの掃除を全て終わらせ、家で不動産屋を待ちぼうけ。そのままB&Bに戻り、シティセンターにある娘のお気に入りの中華ファミレスに最後の夕飯を食べにいきました。

そのあと、車を友人に渡し、歩いてB&Bに戻りました。

7/7(木)~7/8(金)
ダンディー最終日!午後2時に空港へのタクシーが迎えにきてくれる予定だったので、午前中にパッキング。体重計も持ち込んで、23kg以下におさめました。前日に車を譲った友人一家が遊びに来てくれました。

午後2時にタクシーが来て、いざ空港へ。研究所お抱えの運転手さんで、空港でもチェックインカウンターまで荷物を運ぶのを手伝ってくれました。持っていたスコットランドポンド札をチップがわりに全部渡してお別れ(日本では日本円に両替できないので…)。新しいプラスチックの5ポンド札1枚だけ、珍しかったので取っておきました。

チェックインは問題なく完了し、セキュリティチェックへ。パリやブリュッセル、イスタンブールのテロの影響だと思いますが、火薬の反応を調べる検査を結構厳重にやっていました。

ゲートに到着したらすぐに搭乗時間になり、飛行機に乗りました。長女は既にだいぶ飛行機に乗り慣れていますが、2歳直前に乗った前回よりも成長したのか、一人で席に座ってシートベルトをして、耳が痛くなったら水を飲んで、お利口さんでした。次女も泣き叫ぶようなこともなく、まずは落ち着いたフライトでした。

午後4時50分発、定刻通りパリシャルルドゴール空港に到着しました。乗り継ぎは同じターミナルだったので楽でしたが、セキュリティチェックはさすがに結構厳しくなっていて、ノートパソコンやら外付けハードディスクやらを満載したスーツケースは、「X線でもよく見えないからハードディスクは出してくれ」と言われ、再検査されました。

CDG経由で帰国するのは3回目なので、だいぶ見慣れた感じでした。まずはフードコートに行って夕食を食べました。ここではカードが使えず、10数ユーロの会計に対して「現金は5ユーロ札と5ポンド札しかない。日本円ならある」と言ったら、「日本円はダメ。5ユーロと5ポンドでいい」と言われました笑 なので、かっこいいプラスチックのお札はここで手放しました…。

食事を済ませても搭乗開始までだいぶ時間があったので、ゲートのそばのプレイエリアで娘を遊ばせたりしました。ゲートにあるテレビでは、サッカーのEURO2016のフランス対ドイツの中継をやっていました。私たちは以前から理由もなくドイツ代表を応援しているのですが、フランスでは当然フランスを応援する人が多いようで、得点シーンではあちこちから歓声があがっていました。

この日は七夕だったので、羽田行きのエールフランスのゲートでは係員が浴衣を着ていて、搭乗客が願い事を短冊に書いて笹に飾るイベントをやっていました。

飛行機は定刻通りパリ時間夜11時半に出発しました。長女はすぐに寝るだろうと思っていましたが、座席についているゲームが予想以上に楽しかったようで、4時間ぐらい食事したり遊んだりしていました。そのうち寝たようですが、座ったまま寝るのは難しかったようですぐに起きてしまいました。

次女のためにエコノミークラス最前列のバシネット席をとっていたのですが、バシネット席ではモニターがひじ掛けの中に収納されるので、後ろの席と違ってひじ掛けが上がりません。乗る前は、娘が寝たらひじ掛けを上げて、横にならせてあげればいいか、と思っていたのですが、目論見がはずれ、結局ずっと抱っこで寝かせました。

寝心地は良くなかったはずですが、なんとか寝続けてくれて、運よくシートベルトサインも着陸直前まで点灯しませんでした。着陸時はさすがに席についてシートベルトをしないといけないので、寝不足で不機嫌でぎゃあぎゃあ喚く娘をなんとかなだめているうちに羽田空港に着きました。

羽田空港には妻の両親が大きなワンボックスバンをレンタルして迎えに来てくれました。まだ梅雨の真っただ中で、夕方だったのもあり、思っていたよりも暑くない印象でした。横浜の私の実家まで送ってもらい、ようやくひと休み。

7/9(土)、7/10(日)
今回はいつもの一時帰国と違って帰らなくていいので、焦って友達に会ったり買い物したりする必要がなく、気楽でした。なので、帰国して最初の週末は何もせず家でのんびりしていました。時差ボケが思ったよりもひどく、親も子供たちも早朝に目が覚め、両親が起きる午前6時まで待ってから朝食を食べるようにしていました。

日曜日は時差調整も兼ねて、日用品の買出しをしに行きました。スーパーの食品売り場で見るものすべてが魅力的で、色々余計なものまで買いました笑

7/11(月)
16日から仕事が始まるので、それまでには住む家の目途をつけておきたいということで、この日は不動産屋に行きました。SUUMOなどの不動産情報サイトで内覧の希望を出し、最初に返事があった王子駅前の不動産屋に行きました。

今回の家探しでは、長女の幼稚園がすでに決まっていたので、私の職場まで自転車で通える範囲というと、それほど候補はありませんでした。それでも挙がってきた物件の内覧を申し込んだところ、不動産屋のほうで似たような条件の物件を見つけてくれていました。

それらの中から、4件を選んで内覧しました。長女は時差ボケの寝不足で終始不機嫌でしたが、途中で寝てくれたので楽になりました。しかし、暑い中を二人の子供を連れて内覧するのは体力的にかなりつらかったので、この4件のなかで決めてしまおう、ということになりました。

結局、2件目と4件目の物件で迷うことになりました。2件目は、広くて間取りもいいのですが、首都高の高架が目の前を通っていて、眺めは最悪なうえに窓を開けていられないぐらい騒音がひどい。4件目は、若干狭いのですが、高台に建っていて6階なので遮るものがなく、風通しが良いうえに眺めも良い、家賃も2件目より1万円安い。ということで、4件目にしました。家賃は交渉したところさらに5000円も下げてくれました。

7/12(火)
再度、私だけで不動産屋に行き、申込書を出しました。そのあと、物件に行って部屋のサイズを実測したり、管理会社のおばちゃんにご挨拶したりしました。

契約には住民票が必要だと言われたのですが、私たちは海外転出時に住民登録を抹消しているので、どこにも住民票がありませんでした。なので、まずは実家のある横浜市に住民登録をすることにしました。これには全員分のパスポート(帰国印が必要)、戸籍謄本、戸籍の附票全員分が必要でした。

なので、帰りに戸籍のある荒川区役所に行って、戸籍謄本と附票をもらってきました。

7/13(水)
姉が子どもたちを連れて遊びにきました。姉の長女とうちの長女は学年はひとつ違うものの、3ヶ月しか違わないのでほぼ同い年です。久しぶりに会ういとこ同士でしたが、なかなか打ち解けるには至らず、お互いおもちゃを取られないように警戒して終わりました笑

そのあと、姉が区役所に行くというので、一緒に行って住民登録をしました。国保と小児医療証の申請、児童手当の申請も同時にしました。その間、妻と娘たちは近くの図書館に行っていました。日本語の絵本が大量にあって、長女はご満悦で何冊か借りてきました。

7/14(木)
新居で必要な家電を買いに川崎のビックカメラに行きました。冷蔵庫、洗濯機、掃除機、炊飯器、電子レンジをお買い上げ。浄水器をプレゼントというキャンペーンに乗っかって浄水器をもらい、ついでに妻の携帯電話とインターネットの契約もしてきました。全部いっぺんに終わって助かりましたが、予想外に長時間の買い物になったので、店員さんと話をしている最中に次女がうんちを漏らして大騒ぎでした笑

7/15(金)
父に印鑑登録証を借り、駅前の出張所で印鑑証明書を取り、そのまま不動産屋と管理会社に行って、賃貸契約をしました。

7/16(土)
初出勤日。昼頃に来てくれとのことだったので12時半ごろに行って、スタッフでランチ。色々積もる話など。そのあと、医学部の元ボスのところを訪れ、色々積もる話など。どちらのラボもスタッフは全員知っているし、学生も何人かは知っている人がいて、ラボそのものも設計段階から携わっているので、仕事がしやすくていいなーと思いました。

7/17(日)
ダイニングテーブルとカーテンを買いに行きました。この日は妻の誕生日&7回目の結婚記念日でした。親がケーキを買ってくれたので、家でささやかにお祝いしました。

---
そんな感じで、徐々に日本での日常を取り戻しつつあります。まだ梅雨が明けていないので意外と朝晩涼しいのが救いです。7/23(土)には新居に引っ越し、ついに日本での生活が始まった感じです。普通に暮らしていた状態からの引っ越しと違って、3年前の荷物や家具を使える状態にするところから始まるので、結構大変でした。

今後は、長女の幼稚園が始まる前の8月中に生活を安定させていけたらなーと思っています。長らく会っていなかった友人たちともキャッチアップしなければ。

# by genta_ito | 2016-07-17 00:00 | 日記

帰国手続き

帰国に際しての手続きなどを備忘録的にまとめておきます。

荷物整理
日本から来た時と違って、とりあえずいらない物を実家に送るってことができないので、選択肢としては(A)捨てる、(B)誰かに譲渡する、(C)持って帰る、です。(A)は最終手段。

(B)はインターネットの個人売買サイトGumtreeで売ったものもあれば、ダンディー在住の日本人の方々に引き取ってもらったものもあります。あとは、赤十字や心臓財団などが家具などを無料で引き取ってくれるサービスもあって、ベッドマットレスはこれを利用しました。お金にはなりませんが、寄付したものはチャリティーショップで販売され、売り上げの一部は疾患研究などの資金になるので、社会貢献にはなります。結構便利かつ有意義だと思いますが、日本でもこういうシステムってあるのかな?

(C)には、(1)船便で2~3ヶ月かけて送る、(2)SAL便で3週間ぐらいで送る、(3)手荷物で持って帰る、の3択があります。船便はロンドンに拠点がある欧州ヤマトにお願いしました。こっちに来て増えたものと言えば、娘のおもちゃが大半ですが、帰ってから何もおもちゃがないとかわいそうなので、お気に入りのもの数点を手荷物で持って帰り、さらにいくつかをSAL便で送り、大きいものは船便で送ることにしました。案の定片づけるのを嫌がって最後の最後になりました。。

帰国前々日に、SAL便を出そうと郵便局に持っていきました。結局ミカン箱サイズが4箱でトータル50kgにもなりました…。Perth Roadにある郵便局に持っていって、「大きな荷物を4個送りたい」と言ったところ、「別の会社にできない?」といきなり言う窓口のおばちゃん。「すぐ帰国だから色々やってる暇がない。送ってほしい」と粘って、「global expressなら1箱160ポンドぐらいかかるけど、まずは書類を揃えてから考えましょう」と箱の数だけ書類をくれました。

送り主、受取人、内容物などを記入し、窓口に持っていったところ、「ノートパソコン入ってるならバッテリーは抜かなきゃね」というので、その場で取り出しました。重さを測って、「トータル50kgならまとめて送れば550ポンドぐらいで送れる」ということで、俄然やる気になるおばちゃん。モチベーションのきっかけがわかりません笑 どうやらイギリスから送る場合にはSAL便というシステムはないようで、荷物の追跡ができて、しかも短期間で着くのはglobal expressというのが良いようです。

1週間ぐらいで着くと思うよーと言われ、郵便局を後にしました。後日、4箱のうち3箱はパリを経由して5日ほどで到着しました。しかし、なぜかFedExで送られてきました。もしかしたら、Parcelforce(ゆうパックみたいなもの)に空きがなかったからフェデックスに振り替えたのかもしれませんが、その過程で4箱まとめてのはずがばらばらになってしまったようです。そして、残りの1箱を追跡してみると、まだパリにありました…。

さらに2日ほどたって、最後の1箱が届きました。こちらはパリから中国を経由してきたようです。食器が入っている箱だったので不安でしたが、後日開封したところ、ダンディーでずっと使っていて気に入っていたマグカップと、向こうで人からもらった大きめのどんぶりのようなお皿が2枚とも割れていました。日本から持っていったお皿などは無事でした。

引越会社
来るときにお世話になったヤマト運輸に見積もりをお願いしたところ、2400ポンドとの回答。色々比べる時間もなかったので、ヤマトで即決。次女が産まれる前に連絡して、とりあえずダンボールだけ送ってもらいました。船便の搬出は7/5にしました。作業員の方々はロンドンから前日に北上し、前泊していたようです。引越当日は、日本人の作業員の方が2人来てくれました。さすが日本人!という仕事っぷりで、ヤマトに頼んで良かったーと思いました。

荷物の量から、実際に支払う金額は保険料込みで2330ポンドとなりました。帰国後、羽田空港の税関で別送品申告書を2通提出し、スタンプを押してもらいました。1通をJAL ABCカウンターというところに提出し、欧州ヤマトで30箱送ったので通関よろしく!という書類を出しました。引っ越し料金の振り込みを連絡したところ、船便は8月下旬に入港予定との連絡をもらいました。1ヶ月半ぐらいなので割と早めです。

不動産屋
2月ごろに不動産屋から「来年度、契約どうする?」とメールが来たので、「日本に帰るから更新しないことにした」と返事しました。直後に1回だけ内覧が来ましたが、その後音沙汰なく、もしかしたら一発OKだったのかもしれません。イギリスでの退去時の手続きなどまったく経験がなかったので、「カギ返すのはどうすればいい?」とメールしたところ、「退去前にフラットを一緒に見る必要がある」というので、帰国前日の午後4時に来てもらうことにしました。ところが、その担当者は4時を過ぎても現れませんでした。

オフィスに電話したところ、「今日は忙しくて行けなくなった。明日はどうか?」というので、「明日帰国するから無理。どうすればいい?」と聞いたところ、「オフィスはもうすぐクローズするけど、郵便受けに入れといてくれたら、来週の月曜あたりにチェックしに行くよ」とか笑 夕飯を食べに行く前に不動産屋によって、郵便受けにカギを入れておきました。

最初の契約時にデポジットとして600ポンドを預けてあるのですが、これについては法律で第三者機関に預けることになっています。退去後に、テナント側から返金を請求すると、不動産屋と大家さんが協議して、返金額を連絡してくるようです。納得できなければ、その第三者機関が調停してくれるらしいです。

というわけで、全額の返金を要求しました。8月に入って、600ポンドがきちんと振り込まれていました。

市役所
オンラインで手続きできるフォームがあるので、それに記入してとりあえず提出しておきました。この辺のIT化は日本よりずいぶん進んでいるようです。まあいい加減といえばいい加減ですが。そして、案の定音沙汰がないので、7月に入ってから直接電話して手続きしました。council taxは日割り計算で返金してくれるそうです。果たしてきちんと返金されるのかな?

電気・ガス
帰国直前に、Scottish Southern Energyに電話して解約。とても親切に応対してくれて感じが良かったです。水道は連絡の必要はありません。

電話・インターネット
こちらも帰国直前にBTに電話して解約。解約手数料がかかりましたが、こちらも親切に応対してくれました。

携帯電話
私も妻もThreeという業者の携帯を使っていたので、6月下旬のある日、シティセンターのお店を訪れて、解約したいといったところ、「電話じゃないとできないんだ」と言われ、撤退。7月に入ってから電話しました。無料で解約できる期間まであと2週間だぞ、と言われましたが、2週間後には帰国しているので…と解約してもらいました。

私のぶんと妻のぶんと2回電話しましたが、どちらもインド系英語を話す違う人が応対してくれました。日本に帰ると言ったところ、「母国で生活するのがベストだよね!でももしUKに帰ってきたらまた電話してね!」と言われました笑

TVライセンス
ライセンス料は、Direct Debitというシステムで年1回銀行口座から引き落とすようにしていたのですが、もういらないだろうと思ってキャンセルしたところ、「Direct Debitが無効になっているから、ちゃんと設定し直さないと場合によっては大変なことになる」的なメールがすぐに来ました。

オンラインフォームから「帰国するから解約したい」と連絡したところ、すぐに8月の契約更新はしない旨の連絡がきました。

GP
ちょうど次女の予防接種の通知が来ていたので、それを持って帰国前日にGPに行って、「日本に帰るからregistrationを抹消してほしい。予防接種もキャンセルしておいてほしい」と言って、おしまい。

免許証、自動車保険、AA
免許証については特に手続きはしませんでした。AAはTVライセンスと同じくDirect Debitを解約したところ、すぐに電話がかかってきたので、事情を説明しておしまい。

自動車保険は日系の保険会社だったので、日本語でメールして解約届を送ってもらい、記入して返送しました。後日銀行に残月分の保険料が振り込まれていました。

HMRC(税務署)
英国の会計年度は4月から始まります。2016年度は6月末までの3ヶ月ぶんしか収入を得ていないのに、年収3万ポンド以上を想定して所得税(Pay As You Earn)を源泉徴収されているので、税金還付の手続きをしました。

退職と同時に職場からP45 formという所得税の記録が送られてきます。申告書P85 formに記入して、P45 formを同封してtracked and signedで郵送しました。

8月に入って、指定の銀行口座にきちんと振り込まれていました。1000ポンド以上返ってきたので、これはやっておいてよかったと思いました。

# by genta_ito | 2016-07-08 00:00 | 帰国準備

国民投票

6/23(木)、イギリスのEUからの離脱を問う国民投票が行われました。大方の事前の予想はEU残留でした。世論調査が直前まで競っている場合、保守的な選択肢が勝つ傾向にあると思うので、私もEU残留だろうと思っていました。ところが、朝起きて驚いたことに、イギリス国民はEU離脱を選択しました。離脱が52%、残留が48%ということで、実に120万票もの差をつけての離脱決定です。

せっかくイギリスに住んでいるので、概要をまとめておきます。

今回の国民投票で投票権があったのは、18歳以上でイギリス国内および英領ジブラルタル在住のイギリス市民、アイルランド市民、コモンウェルス市民です(「市民」は"citizen"の訳です)。イギリス国外在住のイギリス市民でも、イギリス国内の住所で過去15年に投票者登録をしたことがある場合には投票権があります。

投票は、"Should the United Kingdom remain a member of the European Union or leave the European Union?"(英国は欧州連合の一員として残留するべきか、欧州連合から離脱するべきか)という質問に対して、"Remain a member of the European Union"もしくは"Leave the European Union"を選択する方式です。

イギリス全体として見ると離脱派が勝ったわけですが、スコットランドでは全投票区で残留支持が上回り、スコットランド全体では62%が残留に投じました。対照的に、イングランド・ウェールズでは53%が離脱を支持しました。スコットランドとイングランドでは投票総数が10倍くらい違うので、スコットランドの残留支持票では焼け石に水だったという感じです。これを見ると、なんでスコットランドとイングランドが同じ国にいるんだろうかと思いますね…。

研究者はスコットランド、イングランドを問わず残留支持が多かったと思います。イングランドでも、学園都市で研究者が多く投票したと思われるケンブリッジ、オックスフォードなどでは残留支持が圧倒的に上回りました。EUからの学生やポスドクなどの人材や、試薬・機器の流動性が下がること、EUの研究資金に自由にアクセスできなくなること、などなど離脱に伴う問題は山積みです。

一方、イングランドで農業や漁業などを主要な産業とする多くの都市では、離脱支持が多数になったようです。原因として、EU内の東欧などから安い労働力(おまけによく働く)が単純労働市場に大量に流入してイギリス人の仕事を奪っているうえに、医療や学校などの公共サービスを麻痺させている、というのがあるようです。批判すべきはイギリス政府の無策のはずですが、この際ずっと気に食わなかったEUから抜けてやれ、という感じなんでしょうか。

スコットランドでなぜ残留が支持されたかは定かではないですが、前回のスコットランド独立を問う住民投票でも、独立派の主張のひとつとして、独立後にEUに加盟する、というのがあったので、もしかしたらイングランドと連合するぐらいなら大陸欧州と連合する、という感覚なのかもしれません。また地理的にも大陸から遠く、移民問題がそれほど深刻でないのかもしれません。今回の結果を受けて、イギリスがEUから離脱するのなら、スコットランドは再び独立を目指すという議論が真剣にされているので、将来的には「スコットランドは私が住んでいたころはイギリスだったんだけど…」ということになるのかも?

研究所のイギリス人は、朝ラボに行くと一様にショックを受けた様子でした。ただ直前のSNSなどの雰囲気から、離脱派が勝つ可能性は感じていたそうです。最近のイギリス議会の総選挙でも、離脱派がかなり票を取っていたのを思い出します。ラボにはドイツ、スペイン、ギリシャ、イタリア、フランス、ポーランド、クロアチアなどから多くの学生やポスドクが来ていますが、彼らもこの先どうなるんだろう、と不安そうでした。そもそもEU外からビザを取ってきている私たちは傍観者なわけですが、離脱派の勝利が確定してポンドが一気に下がったので、ポンド預金はしばらく塩漬けですかね…。あとは、大陸欧州から輸入している物が多いので、生活レベルにどのぐらい影響が出るか、によりますが。


離脱確定後のSNSでシェアされてくる大陸欧州から来ている人々のメッセージを見ると、「私たちはもはやUKで歓迎されていない」とかいう鬱っぽいのが多いです。もっと現実的に「次の契約更新は無理かも」とかもありますが…。ただ、イギリス政府は以前から、私たちのような合法的な移民ですら、特殊技能とか納税とかでイギリスによっぽど貢献できる奴は入ってきてもいい、そういう奴は金は持ってるだろうから手数料は高めにしておく、という姿勢なので、大陸欧州の人たちが「イギリスは変わってしまった」と思うとすれば、それはなんか違うなー、と思います。まあとばっちりに近いような感じで、歴史的にも地理的にも民族的にも近い存在から拒否されるのはショックなのかもしれませんが。

さて、離脱決定を受けて、イギリス政府は2年かけてEUと離脱の協定を作るそうです。キャメロン首相は10月に辞任するそうですが、後任選びどうするのかなーと思います。日本から興味深く見守ろうと思います。

# by genta_ito | 2016-06-24 08:00 | ダンディー生活